これまで紹介した人物は主役たちではない。ドファルジュ夫人はかなり頻繁に出てきて重要な言動をとるので準主役ともいえる。物語ではだんだん本性が現われていくように書かれている。
青空文庫
”
その間に、例の駅逓馬車は、お互に窺い知りがたい三人の相客を車内に乗せたまま、がたがた、ごろごろ、がらがら、ごとごとと、そのもどかしい道を進んで行った。この三人にも、同じように、夜の影は、彼等のうとうとしている眼と取留めのない思いとが心に浮ばせた通りの姿をして現れた。
テルソン銀行がその駅逓馬車の中で取附けに逢っていた。あの銀行員の乗客が――馬車が特別ひどく揺れる度に、隣の乗客にぶつかって、その人を隅っこに押しつけることのないために、車内の者が皆しているように、吊革に片腕を通したまま――眼を半ば閉じながら自分の座席でこくりこくりやっていると、小さな馬車の窓や、そこから仄暗く射し込んで来る馬車ランプや、向い合っている乗客の嵩ばった図体などが、銀行に変って、一大支払をやっているのだった。馬具のがちゃがちゃいう音は、貨幣のじゃらじゃらいう音になった。そして、五分間のうちに、テルソン銀行でさえ、その国外及び国内のあらゆる関係方面をみんなひっくるめて、かつてその三倍の時間に支払ったことのあるよりも以上に多額の、為替手形が支払われた。それから今度は、テルソン銀行の地下の貴重品室が、その乗客の知っているような高価な品物や秘密物を納めたまま(そしてそれらの物について彼の知っていることは少くはなかったのだ)、彼の前に開かれた。そして、彼は大きな幾つもの鍵と微かに弱々しく燃えている蝋燭とを持ってその中へ入って行った。すると、その品々は、彼が最後に見た時とちょうど同じに安全で、堅固で、無事で、平静であることがわかった。
しかし、銀行がほとんど絶えず彼と共にあったけれども、また馬車も(阿片剤を飲んだための苦痛があるように、混乱したのにではあるが)絶えず彼と共にあったけれども、その夜中流れて止まなかったもう一つの印象の流れがあった。彼はある人を墓穴から掘り出しに行く途中なのであった。
”
初めの
”
その間に、例の駅逓馬車は、お互に窺い知りがたい三人の相客を車内に乗せたまま、がたがた、ごろごろ、がらがら、ごとごとと、そのもどかしい道を進んで行った。この三人にも、同じように、夜の影は、彼等のうとうとしている眼と取留めのない思いとが心に浮ばせた通りの姿をして現れた。 ”
はわかりずらい。
一方、新潮文庫の方は
そのころ郵便馬車は互いに見知らぬ三人を乗せたまま、重々しく、ガタガタと揺れて進んでいた。夜の影は眠りかけた彼らの眼のまえにも、とりとめもない考えにまかせた形であらわれた。
でこれまたよくわからない。青空文庫に比べるとかなりはしょった訳文だ。
夜の影は(眠りかけた彼らの眼のまえにも)とりとめもない考えにまかせた形であらわれた。
とはどういうことか。 <眼のまえにも>もやや変だ。
原文は
What time, the mail-coach lumbered, jolted, rattled, and bumped upon its
tedious way, with its three fellow-inscrutables inside. To whom, likewise,
the shadows of the night revealed themselves, in the forms their dozing
eyes and wandering thoughts suggested.
で、文構造は
the shadows of the night revealed themselves, in the forms their dozing
eyes and wandering thoughts suggested.
の主語は<the shadows of the night >で、この章の題名<夜の影>。revealed themselves のthemselves は三人の乗客ではなく、the shadows 再帰代名詞で、<現れた>、<あらわれた>でいい。つぎの箇所は
in the forms (which) their dozing
eyes and wandering thoughts suggested.
だろう。したがって
夜の影は、彼等のうとうとしている眼と取留めのない思いとが心に浮ばせた通りの姿をして現れた。
が原文に忠実だ。 <suggested =心に浮ばせた>は苦心の訳だ。
dozing
eyes は<うとうとしている眼>、<眠りかけた眼>以外に、日本語では<まどろむ>という言葉がある。だが<まどろんだ眼>という言い方はないだろう。
ところで、あたまの<What time,>は青空文庫では<その間に、>、新潮文庫では<そのころ>と訳されているが、よくわからない。
これに続いてロリー氏が本格登場する。ここも難しいところだが、上で述べた<夜の影>を念頭において読めば、少しははっきりしてくる。
ロリー氏の <夜の影>はまず、自分の銀行の取り付け騒ぎ。これに続いて全く関係のない
その夜中流れて止まなかったもう一つの印象の流れがあった。彼はある人を墓穴から掘り出しに行く途中なのであった。
there was another current of impression that never ceased to run, all
through the night. He was on his way to dig some one out of a grave.
もう一つの 印象の流れ(another current of impression)というのは文学的な表現だ。しかも内容は<ある人を墓穴から掘り出しに行く> ことなのだ。
以上の箇所の原文はつぎの通り。
Tellson’s Bank had a run upon it in the mail. As the bank passenger—with
an arm drawn through the leathern strap, which did what lay in it to keep
him from pounding against the next passenger, and driving him into his
corner, whenever the coach got a special jolt—nodded in his place,
with half-shut eyes, the little coach-windows, and the coach-lamp dimly
gleaming through them, and the bulky bundle of opposite passenger, became
the bank, and did a great stroke of business. The rattle of the harness
was the chink of money, and more drafts were honoured in five minutes than
even Tellson’s, with all its foreign and home connection, ever paid in
thrice the time. Then the strong-rooms underground, at Tellson’s, with
such of their valuable stores and secrets as were known to the passenger
(and it was not a little that he knew about them), opened before him, and
he went in among them with the great keys and the feebly-burning candle,
and found them safe, and strong, and sound, and still, just as he had last
seen them.
But, though the bank was almost always with him, and though the coach (in
a confused way, like the presence of pain under an opiate) was always with
him, there was another current of impression that never ceased to run, all
through the night. He was on his way to dig some one out of a grave.
日が暮れて、彼が朝食を待っていた時のようにして夕食を待ちながら、食堂の炉火の前に腰掛けていた時には、彼の心は、赤く燃えている石炭の中をせっせと掘って掘って掘っているのであった。夕食後の上等なクラレット
(ボルドー産の赤葡萄酒) の一罎は、赤い石炭の中を掘る人に、ともすれば仕事を抛擲させがちであるからということの他には、何の害もしないものである。(青空文庫)
一方新潮文庫の方は
. . . . . . 彼の心は、赤々と燃える石炭をひたすら掘って掘って掘りつづけていた。食後の上等なクラレット も、燃える石炭を掘る人のじゃまにはならず、せいぜい仕事への興味を失わせる程度だった。
原文は
When it was dark, and he sat before the coffee-room fire, awaiting his
dinner as he had awaited his breakfast, his mind was busily digging,
digging, digging, in the live red coals.
A bottle of good claret after dinner does a digger in the red coals no
harm, otherwise than as it has a tendency to throw him out of work.
<赤々と燃える石炭を掘る>というのもよくわけがわからない。青空文庫の方が原文に忠実なのだが、わけがわからない。
ネットで<digging, in the live red coals>を検索してみると
https://www.enotes.com/homework-help/what-hints-there-chapter-four-tale-two-cities-that-37195
What hints are
there in Chapter 4 of "A Tale of Two Cities" that Mr. Lorry's secret
mission resurrects some issues from his own past?
The author gives us a clear hint that Mr. Lorry's mission resurrects issues from his own past through metaphor.
He describes the gentleman's thoughts as he awaits dinner, noting that
"his mind was busily digging, digging, digging, in the live red coals".
The phrase "live red coals" expresses the idea that the memories
recalled because of his mission, whatever they are, are still sensitive
and perhaps very painful. (後略)
というのがあった。こう読むと、<赤い石炭>は暖炉で赤く燃えている石炭、ではないのだ。つまりは、赤く燃えている石炭のなかにあるような、ロリー氏の頭の中にある記憶が呼び起こすことがらを掘り返しているのだ。
彼の心は、赤く燃えている石炭の中をせっせと掘って掘って掘っているのであった。(青空文庫)
の箇所は、簡単に
彼の心は、赤く燃えている石炭の中にあるような記憶をせっせと掘り返しているのであった。
とでもすれば、すこしは意味が通じる。<赤く燃えている石炭の中にあるような>でメタファーになる。メタファーはよくわからない箇所を理解する、あるいは理解したと思うカギになる。
青空文庫
そこは大きな暗い室で、黒い馬毛織を葬式にふさわしいような陰気なのに飾りつけ、どっしたりした黒ずんだ卓子を幾つも置いてあった。これらの卓子は油を塗ってぴかぴかと拭き込んであるので、室の中央にある卓子に立ててある二本の高い蝋燭は、どの板にもぼんやりと映っていた。あたかもその蝋燭が黒いマホガニーの深い墓穴の中に埋められていて、そこから掘り出されるまではその蝋燭からはこれというほどの光は期待することが出来ないかのようだった。
馬毛織は馬の毛(またはしっぽの毛)で作った織物。<葬式にふさわしいような陰気なのに飾りつけ>は変な日本語だが、原文に<陰気(なのに)>はない。マホガニーは机の材料の木。
この箇所、新潮文庫の方は
そこは大きな暗い部屋で、葬儀のように黒い馬巣織 (ばすおり) の布が張りめぐらされ、重厚な黒い机がいくつも置かれていた。どれも長年磨きに磨かれ、中央では、二本の長い蝋燭の光が天板で暗くは反射していた。まるで蝋燭自体が黒いマホガニーの墓深く埋めこまれ、掘り出されるまで光らしい光を発することができないかのように。
天板は<テーブル板>のこと。天井の板ではない。
原文は
It was a
large, dark room, furnished in a funereal manner with black horsehair, and
loaded with heavy dark tables. These had been oiled and oiled, until the
two tall candles on the table in the middle of the room were gloomily
reflected on every leaf; as if they were buried, in deep graves of
black mahogany, and no light to speak of could be expected from them until
they were dug out.
さて、なぜこのような描写が挿入されているのかというと、ここはアナロジーを働かせる必要がある。
<蝋燭自体が黒いマホガニーの墓深く埋めこまれ、掘り出されるまで光らしい光を発することができないかのように>は、まさしく<二都物語>の主要テーマである<よみがえり>を、かなりはっきりだが、暗示しているのだ。
no light to speak of could be expected は熟語で、この箇所
青空文庫
そこから掘り出されるまではその蝋燭からはこれというほどの光は期待することが出来ないかのようだった。
新潮文庫
掘り出されるまで光らしい光を発することができないかのように。
と訳されている。
特に<to speak of>は訳されていない。to speak of は熟語で、否定形で使われた場合
青空文庫
彼の眼が、小柄で華奢な美しい姿や、豊かな金髪や、尋ねるような眼付をして彼自身の眼とぴたりと会った一双の碧い眼や、眉を上げたり顰めたりして、当惑の表情とも、不審の表情とも、恐怖の表情とも、それとも単に怜悧な熱心な注意の表情ともつかぬ、しかしその四つの表情を皆含んでいる一種の表情をする奇妙な能力(いかにも若々しくて滑かな額であることを心に留めてのことであるが)を持つ額などに止まった時――彼の眼がそれらのものに止まった時に、突然、ある面影がまざまざと彼の前に浮んだ。それは、霰が烈しく吹きつけて波が高いある寒い日、この同じイギリス海峡を渡る時に彼自身が腕に抱いていた一人の幼児の面影であった。その面影は、彼女の背後にある気味の悪い大姿見鏡の面に横から吹きかけた息なぞのように、消え去ってしまい、その大姿見鏡の縁には、幾人かは首が欠けているし、一人残らず手か足が不具だという、病院患者の行列のような、黒奴のキューピッドたちが、死海の果物★を盛った黒い籠を、黒い女性の神々に捧げていたが、――それから彼はマネット嬢に対して彼の正式のお辞儀をした。
当惑の表情とも、不審の表情とも、恐怖の表情とも、それとも単に怜悧な熱心な注意の表情ともつかぬ、
<単に怜悧な熱心な注意>とは何か。新潮文庫では
当惑、驚き、警戒、聡明な集中
となっている。 原文は
perplexity, or wonder, or alarm, or merely of a bright fixed
attention
だが a bright fixed
attention とは何か。よくわからないが、マネット嬢は聡明で、集中力 (注意力) があることを示している。
< . . . を持つ額などに止まった時>はなぜ<などに>となっているのか。この前のの描写は<額(ひたい)>についてだ。だがよく読むと長い額(ひたい)の描写の前に<小柄で華奢な美しい姿や、豊かな金髪や、尋ねるような眼付をして彼自身の眼とぴたりと会った一双の碧い眼や>というのがあるので、< . . . を持つ額などに>でいいことになる。原作者も冒頭の主語<彼の眼が>のあとの目的語が相当長いので、この長い目的語の後に<彼の眼がそれらのものに止まった時に>と<彼の眼が>そして目的語をまとめた<それらのもの>を繰り返している。
いづれにしろ翻訳者泣かせの文構造だ。
この箇所原文は
As his
eyes rested on a short, slight, pretty figure, a quantity of golden hair,
a pair of blue eyes that met his own with an inquiring look, and a
forehead with a singular capacity (remembering how young and smooth it
was), of rifting and knitting itself into an expression that was not quite
one of perplexity, or wonder, or alarm, or merely of a bright fixed
attention, though it included all the four expressions—as his eyes
rested on these things,
その面影は、彼女の背後にある気味の悪い大姿見鏡の面に横から吹きかけた息なぞのように、消え去ってしまい、その大姿見鏡の縁には、幾人かは首が欠けているし、一人残らず手か足が不具だという、病院患者の行列のような、黒奴のキューピッドたちが、死海の果物★を盛った黒い籠を、黒い女性の神々に捧げていたが、
この箇所もよくわからない。後半は大姿見鏡の<縁>の描写でストーリに直接関係ない。これを配慮してか、青空文庫では
死海の果物 生のない果物の意味。彫刻した食べられない果物だからである。この前後の、黒奴のキューピッドも、黒い籠も、黒い女性の神々も、もちろん、皆、鏡の縁の彫刻である。
という注がある。 だがこ注<死海の果物 生のない果物の意味。彫刻した食べられない果物だからである>はおかしい。
この箇所原文は
(a sudden vivid likeness passed before him, of a
child whom he had held in his arms on the passage across that very
Channel, one cold time, when the hail drifted heavily and the sea ran
high. )The likeness passed away, like a breath along the surface of the
gaunt pier-glass behind her, on the frame of which, a hospital procession
of negro cupids, several headless and all cripples, were offering black
baskets of Dead Sea fruit to black divinities of the feminine gender
likeness は青空文庫も新潮文庫も<面影>と訳されている。ここもアナロジーを働かせる必要がある。そうでないと、これまたなぜこのような描写が挿入されているのかがよくわからいままになる。ただストーリ展開には直接関係ないので<よくわからいまま>読みとばしても大して影響はない。
<死海の果物 (Dead Sea fruit)>は、調べてみると、
Fruits reputed to grow at *Sodom, near the Dead Sea. Also known as
Apples of Sodom, they were beautiful to look at but bitter to the taste
or full of ashes....
...
(Oxford Dictionary)
something that appears to be beautiful or full of promise but is in reality nothing but illusion and disappointment (Collins Dictionary)
で、Apples of Sodom は Wiki に詳しい説明がある。
さらには
幾人かは首が欠けているし、一人残らず手か足が不具だという、病院患者の行列のような、黒奴のキューピッドたちが
の箇所もよくわからない。今はネット検索でそうとう詳しいことがわかる。<negro cupids>で検索してみると、
http://dickens.stanford.edu/tale/issue1_gloss5.html にひとつの説明がある。
…like a breath along the surface of the gaunt pier-glass
behind her, on the frame of which, a hospital procession of negro
cupids, several headless and all cripples, were offering black baskets
of Dead-Sea fruit to black divinities of the feminine gender…
A pier glass is “[a] large tall mirror; orig[inally] one fitted to fill
up the pier or space between two windows, or over a chimney-piece” (OED).
Sanders (in his Companion to A Tale of Two Cities)
glosses the “hospital procession” of figures on the frame of this glass
as reminiscent, for Dickens, of a group of charity children walking out
of a hospital – a “charitable educational establishment” (42). The
figures are “negro” because the material in which they are carved is
black; and thus the “baskets of Dead-Sea fruit” and “divinities of the
feminine gender” are also black. The biblical Dead-Sea fruit, or the
“apples of Sodom,” are “described by Josephus as of fair appearance
externally, but dissolving, when grasped, into smoke and ashes” (OED).
This smoke-and-ashes composition probably accounts – as a further riff
on the black or blackened appearance of everything on the frame – for
Dickens’ description of the fruits on the pier-glass as Dead-Sea fruits.
ところで negro cupids の訳だが、青空文庫では<黒奴のキューピッドたち>、新潮文庫では<黒い天使たち>となっている。こまかいことをいえば cupid は天使 (angel) ではない。
この箇所の検索、検討はここまでにしておく。
もう一つわかりにくいところがある。
青空文庫
「もう一事だけ申し上げますと、」ロリー氏は、彼女の注意を惹きつけようとする一つの穏かな手段として、その言葉に力を入れて言った。「あの方は見つかりました時には別の名前になっておられました。ほんとうのお名前は、永い間忘れておられたか、それとも永い間隠しておられたのでしょう。今それがどっちだか尋ねるということは、無益であるよりも有害でしょう。あの方が何年も見落されておられたのか、それともずっと故意に監禁されておられたのか、どちらか知ろうとすることも、無益であるよりも有害でしょう。今はどんなことを尋ねるのも、無益どころか有害でしょう。そういうことをするのは危険でしょうから。どこででもどんなのにでも、その事柄は口にしない方がよろしいでしょう。そして、あの方を――何にしてもしばらくの間は――フランスから連れ出してあげる方がよろしいでしょう。イギリス人として安全なわたしでさえ、またフランスの信用にとって重要であるテルソン銀行でさえ、この件の名を挙げることは一切避けているのです。わたしは自分の身のりに、この件のことを公然と書いてある書類は一片も持っておりません。これは全然秘密任務なのです。わたしの資格証明書も、記入事項も、覚書も、『甦る』という一行の文句にすっかり含まれているのです。その文句はどんなことでも意味することが出来るのです。おや、どうしたんですか! お嬢さんは一言も聞いていないんだな! マネット嬢!」
全くじっとして黙ったまま、椅子の背に倒れかかりもせずに、彼女は彼の手の下で腰掛けて、全然人事不省になっていた。眼は開いていてじっと彼を見つめており、あの最後の表情はまるで彼女の額に刻み込まれたか烙きつけられたかのように見えた。彼女が彼の腕にひどくしっかりと掴まっているので、彼は彼女に怪我させはしまいかと思って自分の体を引き離すのを恐れた。それで彼は体を動かさずに大声で助力を求めた。
前半の
これは全然秘密任務なのです。わたしの資格証明書も、記入事項も、覚書も、『甦る』という一行の文句にすっかり含まれているのです。おや、どうしたんですか! お嬢さんは一言も聞いていないんだな! マネット嬢!
新潮文庫の方は
完全な秘密任務なのです。私の信任状、通行許可、覚書はたった一行、”人生に甦った”です。どうにでもとれることばですから。だがどうしたことだ、この人は何も聞いていない!ミス マネット!
これは全くお手上げ。原文は前の部分 (カッコ内) から始めると、
(“Only one thing more,” said Mr. Lorry, laying stress upon it as a
wholesome means of enforcing her attention: “he has been found under
another name; his own, long forgotten or long concealed. It would be worse
than useless now to inquire which; worse than useless to seek to know
whether he has been for years overlooked, or always designedly held
prisoner. It would be worse than useless now to make any inquiries,
because it would be dangerous. Better not to mention the subject, anywhere
or in any way, and to remove him—for a while at all events—out
of France. Even I, safe as an Englishman, and even Tellson’s, important as
they are to French credit, avoid all naming of the matter. I carry about
me, not a scrap of writing openly referring to it. )
This is a secret
service altogether. My credentials, entries, and memoranda, are all
comprehended in the one line, ‘Recalled to Life;’ which may mean anything.
But what is the matter! She doesn’t notice a word! Miss Manette!”
Perfectly still and silent, and not even fallen back in her chair, she sat
under his hand, utterly insensible; with her eyes open and fixed upon him,
and with that last expression looking as if it were carved or branded into
her forehead. So close was her hold upon his arm, that he feared to detach
himself lest he should hurt her; therefore he called out loudly for
assistance without moving.
だが、カッコ内の部分をよく読むと、秘密任務 (主義) にしていることはわかるのだが、
My credentials, entries, and memoranda, are all
comprehended in the one line, ‘Recalled to Life;’ which may mean anything.
わたしの資格証明書も、記入事項も、覚書も、『甦る』という一行の文句にすっかり含まれているのです。(青空文庫)
私の信任状、通行許可、覚書はたった一行、”人生に甦った”です。どうにでもとれることばですから。(新潮文庫)
とはどういうことか? ここではアナロジーが働かないが、my glossing はロリー氏にとっては<『甦る』、”人生に甦った”、物語のスジにしたがえば、マネット嬢の<父をよみがえらす>ことが最重要課題だという宣言だろう。
credentials - 資格証明書、信任状
entries ー 記入事項、通行許可(証)
memoranda ー 覚書
注)いずれも複数形。
Wiki
credential
A credential is a piece of any document that details a
qualification, competence, or authority issued to an individual by a
third party with a relevant or de facto authority or assumed competence to do so
entry - 入国、入境許可(証)(visa) の類か。
つまりは、マネット嬢の父をよみがえらすための行動に必要な書類には、秘密任務 (主義) のため、<マネット嬢の父>のことは言及されていない、ということだろう。
もう一つ
with her eyes open and fixed upon him,
and with that last expression looking as if it were carved or branded into
her forehead.
の部分。
青空文庫
全くじっとして黙ったまま、椅子の背に倒れかかりもせずに、彼女は彼の手の下で腰掛けて、全然人事不省になっていた。眼は開いていてじっと彼を見つめており、あの最後の表情はまるで彼女の額に刻み込まれたか烙きつけられたかのように見えた。
問題は<あの最後の表情は>で、新潮文庫では
額に例の最後の表情を、まるで彫刻か焼き印のよう張り付けて
<例の最後の表情>
になっていて、<最後の表情>が前にもあったように書かれている。だが原文の
and with that last expression looking as if it were carved or branded into
her forehead.
that last expression は<あの>でも<例の>でもない。ここは日本語では<その>が正しい。
その最後の表情はまるで彼女の額に刻み込まれたか烙きつけられたかのように見えた。
額に、その最後の表情を、まるで彫刻か焼き印のよう張り付けて
で意味が通じる。
だが、日本語では<その>がなくてもOKだ。
最後の表情はまるで彼女の額に刻み込まれたか烙きつけられたかのように見えた。
額に、最後の表情を、まるで彫刻か焼き印のよう張り付けて
(最後の表情を額に、まるで彫刻か焼き印のよう張り付けて)
小柄で華奢な美しい姿 (や)、豊かな金髪 (や)、(尋ねるような眼付をして彼自身の眼とぴたりと会った) 一双の碧い眼や (a short, slight, pretty figure, a quantity of golden hair,
a pair of blue eyes) という容姿だ。
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