Thursday, May 25, 2023

二都物語の日本語訳 (精読)-1

二都物語という小説の名前は聞いたことがあるひとが多いだろう。小学生でも知っているかもしれない。私の小学校の図書館には小学生向け挿絵入りの< 二都物語>があったような記憶がある。これまで世界中で2億冊売れたというので、読んだ人もいるだろう。だが日本語訳で細かいところまで納得して読み切った人はそれほど多くはないのではないか。

私は若いころに(そうとう昔)原文(A Tale of Two Cities)に挑戦してみたが、歯が立たずはじめの一章でギブアップ。多少英語力がついてから再挑戦してみたが、辞書を引き引き初めの五章ぐらいまで行ったが、内容の理解はおそまつなもので、おもしろくないから再びギブアップ。7-8年前にネットの日本語訳(青空文庫、佐々木直次郎訳、無償)を参照にしながら再々挑戦してみたが、これは上巻(中、下巻はない)だけなこともあって再々ギブアップ。このあと下記の文庫本を買ったが、本棚に置いてあるだけになっていた。
 
<青空文庫、佐々木直次郎訳>上巻だけだが相当詳しい注、解説がありおおいに参考になる。
 
二都物語 (新潮文庫) Paperback Bunko – May 28, 2014

四度目の挑戦の今回はなんとかこの本<二都物語 (新潮文庫)>を読み切った。だが内容の理解は6-7割。よくわからないところはほぼそのままにして読み切った、といった方が正確だ。それでもストーリーはおもしろく追えた。よくわからないところを、逆に原文A Tale of Two Citiesを参照しながら読み返すと理解は深まった。翻訳者も<あとがき>で書いているが、二都物語はむずかしいのだ。翻訳者の苦心、苦労は十二分に理解しながらも、<よくわからないところ>を解説することにした。さしあたり順序不同。
 
 
第二部<金の糸>第十四章<正直な商売人 (Honest Tradesman)>の出だしは
  
フリート街で足台の上に座り、薄汚い腕白息子を横にしたがえたジェレマイア クランチャー氏の眼には、毎日、通りを行き過ぎるありとあらゆるものが映っていた。(新潮文庫)
 
足台は原文では his stool でクランチャー氏がいつも座っているもの。
 
足台は stool の訳だが、足台と stool は違う。足台は幾度も出てくるが足台ではなにか変だ。
青空文庫 では古語ともいえる床几 (しょうぎ) と訳されている。
 
 木製スツール
      ナチュラル | 家具・インテリア | ホームセンター通販 ... 
Stool
 
Hinoki
      Bath Stool (L) - Native & Co | Japanese Homeware Shop ... 
 
足台(Japanese stool)
 
 
第二部第一章<五年後>には
 
 本人はしきりに<正直な商売人>というが、彼の仕事はとても<商売>と呼べるようなものではなかった。道具といえば、背もたれが取れた木の椅子の脚を切りつめた足台一つきり。それを息子のジェリーが毎朝持って父親の横を歩き、銀行のテンプル門にいちばん近い窓の下に置く。奇妙な仕事の男の足元を寒さと湿気から守るために、どれでも通りがかり車から落ちた藁(わら)をひとつかみ取ってそこに加えると、その日の仕事場のできあがりだ。
 
というくだりがある。 
 
原文は
 
It could scarcely be called a trade, in spite of his favourite description of himself as “a honest tradesman.” His stock consisted of a wooden stool, made out of a broken-backed chair cut down, which stool, young Jerry, walking at his father’s side, carried every morning to beneath the banking-house window that was nearest Temple Bar: where, with the addition of the first handful of straw that could be gleaned from any passing vehicle to keep the cold and wet from the odd-job-man’s feet, it formed the encampment for the day.
 
で<背もたれが取れた>も<脚を切りつめた>もない。また<奇妙な仕事の男>は父親のことで、<この奇妙な仕事の男>としないと他人にもとれる。また< odd-job>は奇妙な仕事ではなく慣用語で定職のない雑多な仕事。青空文庫では odd-job-man で雑役夫となっている。

青空文庫 では

その業務たるや、彼自身が自分のことを好んで「実直な商売人」と称してはいたけれども、どうも商売とは言いがたいものなのであった。彼の元手もとでは、背の壊れた椅子を切り縮めて拵えた木製の床几しょうぎ一つだけであった。その床几を、小ジェリーが、父親と並んで歩きながら、銀行のテムプル関門バーに一番近い窓の下のところまで毎朝運んで行くのだった。その場所で、その雑役夫の足を寒気と湿気とから防ぐために、どれでも通りがかりの車から拾い取ることの出来た最初の一掴みの藁を加えれば、その床几はその日の陣所となるのだ。

クランチャー氏は第一部第二章<郵便馬車>で馬に乗ったテルソン 銀行のメッセンジャー (使者)として出てくる。メッセンジャーは彼の仕事の一つ。ここでもわけがわからないが
 
<いかん、ジェリー、だめだ!>使者は馬の上で同じことをくどくどとつぶやいていた。 <おまえのためにはならんぞ、ジェリー。正直な商売人のジェリー。それはおまえの仕事には向かない。甦った? あの方は酔っ払っていたにちがいない。>
 
という自問自答のくだりがあり、正直な商売人のジェリー>がでてくる。 <それは>の<それ>が何だかわからない。原文と青空文庫では
 
原文
 
 “No, Jerry, no!” said the messenger, harping on one theme as he rode. “It wouldn’t do for you, Jerry. Jerry, you honest tradesman, it wouldn’t suit your line of business! Recalled—! Bust me if I don’t think he’d been a drinking!”
 
bust は動詞で

1. verb, informal To smash or break something with force. I had to use a shovel to bust the large clumps of ice that had formed around the wheels of my truck.
 
5. verb, slang To punch, strike, or thrash someone or something.

 
青空文庫

「いいや、ジェリー、いやいや!」と使者は、馬に乗っている間も一つの事ばかり考え返しながら、言った。「そいつあおめえのためにゃよくあるめえぜ、ジェリー。ジェリー、おめえは実直な商売人なんだからな、そいつあお前の商売にゃ向くめえよ! よみが――! うん、旦那は一杯飲んで酔っ払ってたにちげえねえや!」

<よみが――!>は<よみがえり!>、<よみがえった!>

新潮文庫も青空文庫も動詞 bust は訳されていない。

さて第十四章<正直な商売人>に戻ると、クランチャー氏が、夜に仲間と一緒にする<新しい墓>の墓堀りの仕事をしている具体的な話が詳しく出てくる。棺桶の中にある新しい死体を研究用に使う医者に売る商売だ。ここを読めば上記の自問自答のくだりがわかってくる。つまりは上記の自問自答は伏線になっているのだ。さらに墓堀りの仕事の話の前にロジャー クライという人物の葬式の話が出てくる。察しのいい人はロジャー クライの墓の墓堀りと読むだろう。話はさかのぼるが、クランチャー氏はこのロジャー クライを知っている。さらにこの死んだはずのロジャー クライはあとになって登場してくる。話は複雑に組まれている。

クランチャー氏がこのロジャー クライを知るようになる場面は二都物語のクライマックスの一つ第二部第三章<期待はずれ>の法廷場面なのだが、クランチャー氏が活躍する。ここではクランチャー氏の目から見た法廷の状況が描写される。ここも少しわかりにくいところなのだが、描写方法のひとつとみればいい。
 
第二部第三章<期待はずれ>
 

クランチャー君は、ずっと今までの証言を聴きながら、この時分までには自分の指から全く一昼食ランチ分くらいの鉄銹を食べてしまっていた。彼は、今度は、ストライヴァー氏が被告側の申立をきっちりした一著の衣服のように陪審官に合せて造ってゆくのを、傾聴しなければならなかった。

中略

ストライヴァー氏(弁護士)はそれから自分の方の数人の証人を呼び出し、そしてクランチャー君は、次には、検事長閣下がストライヴァー氏がさっき陪審官に合せて造った衣服をそっくり裏返しにしてゆくのを、傾聴しなければならなかった。検事長閣下は、バーサッドとクライとが彼の考えていたよりも百倍も善良であり、被告が百倍も悪人であることを述べ立てた。最後に、裁判長閣下自身が立って、その衣服を時には裏返しにしたり、また時には表返しにしたりしたが、だいたいにおいて、それを被告の屍衣になるようにてきぱきと裁って型をつけて行った。
 
ここでクライが検事 (原告) 側の証人としてでてくる。

新潮文庫 第三章<期待はずれ>では<検事長閣下>が聞きなれない<法務総裁>となっている。日本と違って陪審員制度だが、これは日本の読者でもわかるだろう。

この箇所実際に服を着替えているわけではない。そう読むとわけがわからなくなる。法廷描写としては、これ以外に蝿 (ハエ) が象徴的にでてくる。

指から鉄銹を食べる>も幾度かでてくるが、これは夜の墓堀り商売の痕跡。だがここの表現は誇張だ。 第一部第二章<駅逓馬車(郵便馬車)>に、やはりジェリーの描写で

 
 
 
第一部第五章 酒店 

この章では説明なしにギャスパール (ガスパール) という男と三人の同じ名前のジャックが出てくる。いずれも伏線だ。
 
ギャスパール
 
登場場面 (青空文庫)

そういうのに口をよごしている一人の脊の高い剽軽者が、その男の頭は寝帽ナイトキャップにしている長いきたない袋の中に入っていると言うよりも、それからはみ出ていると言った方がよかったが、泥まみれの酒の渣滓おりに浸した指で、壁に、――となぐり書きした。

中略

その時、ふと彼 (酒店の店主ドファルジュ) の眼が例の脊の高い剽軽者があの駄洒落だじゃれを書き立てているに止ったので、彼は路の向側のその男に声をかけた。――
「おいおい、ガスパール、お前そこで何してるんだい?」
 その男は、そういう手合のよくやるように、さも意味ありげに自分の駄洒落だじゃれを指し示した。ところが、それがまとはずれて、すっかり失敗した。これもそういう手合にはよくあることである。
「どうしたんだ? お前は気違い病院行きの代物か?」と酒店の主人は、道路を横切って行って、一掴みの泥をすくい上げ、それを例の洒落しゃれの落書の上になすりつけて消しながら、言った。「どうしてお前は大道なんかで書くんだ? こんな文句を――さあ、おれに言ってみろ――こんな文句を書き込む場所がほかにないのか?」
 こう言い聞かせながら、彼は汚れていない方の手を(偶然にかもしれぬし、そうではないかもしれぬが)その剽軽者の胸のところに落した。剽軽者はその手を自分の手でぽんと敲いて、ぴょいと身軽く跳び上り、珍妙な踊っているような恰好で下りて来ながら、酒で染った自分の靴の片方を、足からひょいと振り脱いで手に受け止め、それを差し出して見せた。そういう次第で、その男は、飽くことのない悪戯いたずら好きであることは言うまでもないが、極端な悪戯いたずら好きの剽軽者らしく見えた。
「靴を穿きな、靴を穿きな。」ともう一人のほうが言った。「酒は酒と言って、それでめとくんだぞ。」そう忠告しながら、彼は自分の汚れた方の片手をその剽軽者の衣服で拭いた。――その男のせいでその手を汚したのだというので、全くわざとやったのだ。それから、道路を再び横切って、酒店へ入った。
 
それがまとはずれて、すっかり失敗した。
 
の箇所は
 
それまとはずていて、すっかり失敗していた。

泥まみれの酒の渣滓おりに浸した指で、壁に、――となぐり書きした。

の箇所は<赤葡萄酒=血> の象徴表現だが、少なくとも二重の意味がある。

この酒店がある場所はサンタントワーヌ青空文庫では次にような訳者の解説がある。

サン・タントワヌ  パリーの東方の廓外、バスティーユ牢獄とセーヌ河との間の一区域。下層階級の住んでいた地域であった。
やがて、そういう葡萄酒もまた…………  革命の勃発を暗示するのである。「そういう葡萄酒」とは、もちろん、前文の「血」をさす。フランス革命はこのサン・タントワヌにおける暴動から始ったのである。

新潮文庫

<どうした。頭がいかれたのか>と店主は言うと、道を横切り、泥をひとつかみ取って落書きになすりつけた。<どうしてみんなが通る道にこんなものを。他に書くところはないのか、え、答えてみろ。>

そうたしなめて、きれいなほうの手を (たまたまかもしれないし、そうでないかもしれないが) 道化者の胸の上に置いた。相手はそれを自分の手で軽く叩 (たた) き、ぴょんと上に跳んで、踊りのような妙なふりつけで下におりた。そして酒に染まった靴の片方をすばやくぬぐと店主のほうに突き出した。この男は狼 (おおかみ) 並みにずる賢いとは言わないまでも、きわめて抜け目のないようだった。

訳文に微妙な違いと大きな違いがある。

微妙な違い

青空文庫

剽軽者はその手を自分の手でぽんと敲いて、ぴょいと身軽く跳び上り、珍妙な踊っているような恰好で下りて来ながら、酒で染った自分の靴の片方を、足からひょいと振り脱いで手に受け止め、それを差し出して見せた。

新潮文庫

相手はそれを自分の手で軽く叩 (たた) き、ぴょんと上に跳んで、踊りのような妙なふりつけで下におりた。そして酒に染まった靴の片方をすばやくぬぐと店主のほうに突き出した。

原文は

 In his expostulation he dropped his cleaner hand (perhaps accidentally, perhaps not) upon the joker’s heart. The joker rapped it with his own, took a nimble spring upward, and came down in a fantastic dancing attitude, with one of his stained shoes jerked off his foot into his hand, and held out.

 となっているので、青空文庫の方がこれに近い。

原文の joker は青空文庫では<剽軽者>、新潮文庫では<道化者>と訳されている。また joke は

青空文庫

駄洒落(だじゃれ)
洒落(しゃれ)の落書

青空文庫
 
落書きの冗談
落書き

と訳されている。<joker> は <joke>を書く人のことで剽軽者でも道化者ではないだろう。読んでいけばわかるがギャスパールは剽軽者でも道化者でもない。ただし<飛び跳ねて靴を脱ぐ>動作はピエロのようではあるで、これが日本語訳に影響を与えているのかもしれない。

大きな違いは次の箇所で

A joker of an extremely, not to say wolfishly practical character, he looked, under those circumstances. 
 
を青空文庫は
 
そういう次第で、その男は、飽くことのない悪戯いたずら好きであることは言うまでもないが、極端な悪戯いたずら好きの剽軽者らしく見えた。
 
新潮文庫は
 
この男は狼 (おおかみ) 並みにずる賢いとは言わないまでも、きわめて抜け目のないようだった。
 
青空文庫の方は意味がよくわからない。新潮文庫の方はオオカミとキツネを取り違えているようだ。オオカミはずる賢くも、抜け目ないでもない。
 
ごく短い文だが、ポイントは
 
not to say xxx は熟語集にでてくる not to mention xxx とほぼ同じで<xxxはいうまでもなく>。問題は wolfishly で、これは副詞。extremely (副詞) と対比させないといけない。つまりは
 
 an extremely practical character, not to say wolfishly practical character

だがどう訳せばいいのか。これは難題。

オオカミのように人におそれをいだかせる行動をとるような性格なのは言うまでもなく、きわめて行動的な性格(のように見えた)
 
とでもなるか。 小さな大横綱千代の富士は<ウルフ>というニックネームがあった。
 
もう一つある。
 
青空文庫
 
「靴を穿きな、靴を穿きな。」ともう一人のほうが言った。「酒は酒と言って、それでめとくんだぞ。」そう忠告しながら、彼は自分の汚れた方の片手をその剽軽者の衣服で拭いた。――その男のせいでその手を汚したのだというので、全くわざとやったのだ。それから、道路を再び横切って、酒店へ入った。

新潮文庫

<そんなもの、さっさとはきな。酒なら酒と言って終わりにしろ。>店主はそう助言して、泥で汚れた手、汚れたのはそちらのせいだと相手の服 (服と呼べばだが) でふき、また道を横切って店のなかに戻った。

青空文庫には (服と呼べばだが) の箇所がない。一方<全くわざとやったのだ>は新潮文庫にはない。原文は
 
“Put it on, put it on,” said the other. “Call wine, wine; and finish there.” With that advice, he wiped his soiled hand upon the joker’s dress, such as it was—quite deliberately, as having dirtied the hand on his account; and then recrossed the road and entered the wine-shop.

で、問題は<the joker’s dress, such as it was—quite deliberately>の箇所。調べてみたところ、知らなかったが<such as it was (is)>は熟語で

 <such as it is>
Cambridge

used to suggest that something you have referred to is of low quality or not enough

例文

You're welcome to borrow my tennis racket, such as it is.
Breakfast, such as it was, consisted of a plain roll and a cup of coffee.

Webster

used to say that something is not very good in quality or condition

例文
The meal, such as it was, was served quickly.
Welcome to my humble home—such as it is.
 
という意味だ。したがって (服と呼べばだが) なのだ。
 
上の例文は日本語の卑下表現
 
つまらないものですが 
とりあえず、ありあわせのものですが
 
さらには、極端な

なにもありませんが

などが頭に浮かんでくる。<such as it is >の字面からは副詞句<見ての通り(で)>、形容詞句<見ての通りの>.が思い浮かぶ。 
 
ぶざまな負け方は見ての通り(で)。
見ての通りのあばら家
見ての通りのていたらく 
 
 
話がだいぶそれてきたが、第一部第五章<酒店>のでは店主のドファルジュ氏、ドファルジュ夫人、ギャスパールに加えて三人の同じ名前のジャックが出てくる。ドファルジュ氏との間で三人それぞれ順序よく会話をする場面がある。いわば読者への紹介なのだが、話の筋には直接関係ない。この三人のジャックかなり後からまたでてくるので、これまた伏線なのだ。こういう設定は二都物語では非常にに多い。このジャックには背景がり、青空文庫には次のような簡単な解説がある。
 
ジャーク  この名はフランス革命の運動を組織したと信ぜられる秘密結社の合言葉であった。
 
もう少し調べてみると<ジャックリーの乱 (Jacquerie) >というのがあり、下記は日本語版Wiki の解説。


ジャックリーの乱 (Jacquerie) は、1358年百年戦争中のフランスで起こった大規模な農民反乱。

反乱の名前は当時の貴族から農民に対する蔑称の「ジャック(Jacques)」に由来するとされる。これは農民が短い胴衣jaques を着ていたことからつけられたものだが、当時の年代記作者によって、当初、指導者名がジャック・ボノムと誤って伝えられたことに由来するという異説もある。

当時のフランス王国では、黒死病や貨幣の改悪、百年戦争のポアティエの戦いでの敗北により王権は失墜する一方で、農村においては傭兵団による略奪が横行し、本来は農民を守るべき貴族が重税を課すなど、農民の負担は増していた。

農民たちの不満が高まるなか、1358年5月末にサン=ルー=デスラン村 (Saint-Leu-d'Esserent) の村人たちが衝動的に徒党を組んで領主の館を襲撃し一族郎党を殺害、破壊や略奪行為に及んだ。

これをきっかけとして、ピカルディノルマンディーシャンパーニュなどフランス北東部で広範に農民の蜂起が広がり、叛乱した農民たちはそれぞれに指導者を選んで貴族、騎士、郷士を標的にして殺害し邸宅、城を破壊、略奪した。農民軍のスローガンは、「旦那たちを倒せ」であり領主は殺し、女は凌辱、子供は串刺しにして丸焼きにしたともいわれる。 

 ”

 二都物語では農民ではないが似たような話が出てくる、というかメインテーマの背景になっいる。

 注意して読むと

ジャックリー (Jacquerie) が出てくる。第二部第十六章<まだ編み物>に 

農民たち (ジャックリー) がますます思いつめて、怒りと不満は時とともに確実に激しさを増している。
 
原文は

consider the rage and discontent to which the Jacquerie addresses itself with more and more of certainty every hour.

で<ますます思いつめて>と<激しさを増している>が見当たらない。ネット辞書で調べてみると

address oneself to something

- to turn one's complete attention to something, such as a problem or an issue

 なので思いつめて>はいいが、ますます>の位置は

農民たち (ジャックリー) が思いつめている怒りと不満は時とともにますます確実に激しさを増している
 
 だ。 
 
さらに言いかえれば
 
農民たち (ジャックリー) が示している怒りと不満は時とともにますます確実になってきている)。
  
さて第五章  酒店の話にもどるとドファルジュ夫人が登場する。上記の第十六章<まだ編み物>からの引用
 
農民たち (ジャックリー) がますます思いつめて、怒りと不満は時とともに確実に激しさを増している。
 
 はドファルジュ夫人の発言だ。第五章  酒店では酒店の切りもりとひまを見て編み物をしている過ぎないが、第十五章<編み物>、続く第十六章<まだ編み物>では主役だ。この<編み物>には背景がある。
 
Wiki の解説。日本語版なし。ネット検索してみたが、Tricoteuse=編み物をする女性>という簡単な解説はあるが、日本語サイトでは詳しい説明が見当たらない)

Tricoteuse (French pronunciation: ​[tʁikɔtøz]) is French for a knitting woman. The term is most often used in its historical sense as a nickname for the women in the French Revolution who sat in the gallery supporting the left-wing politicians in the National Convention, attended the meetings in the Jacobin club, the hearings of the Revolutionary Tribunal and sat beside the guillotine during public executions, supposedly continuing to knit. The performances of the Tricoteuses were particularly intense during the Reign of Terror.

後略

sptt訳
 
 Tricoteuse (トゥリコテューズ) はフランス語で<編み物をする女性>を意味する。トゥリコテューズという言葉はたいていは歴史的な意味で使われ、フランス革命時に国民公会(1)で左翼政治家たちの支援席に座り、ジャコバン党の集会に参加し、革命裁判所(2)で傍聴し、ギロチン処刑の場の傍らに座り、そしていずれもの場合も編み物をし続けていたと思われる女性たちのことだ。トゥリコテューズたちの活動は恐怖政治(3)の時期が特に熾烈であった。
 
(1)国民公会(こくみんこうかい、: Convention nationale, : National Convention)は、フランス革命期の1792年9月20日から1795年10月26日共和暦4年霧月4日)まで存在したフランス一院制立法府で、諸委員会を通じて執行権をも握っていたので、同時に行政府の役割も担った革命政治の中央機関である。 
 
(2)革命裁判所(かくめいさいばんしょ、: Tribunal révolutionnaire)は、フランス革命において1793年3月10日パリに設置された特別犯罪裁判所である。反革命の陰謀を暴くために整備された政治犯だけを裁く法廷。
 
ジロンド派の追放などで活躍し、公安委員会保安委員会に匹敵する組織で、恐怖政治の一大機関として猛威を振るった。テルミドールのクーデター収監者の釈放は行われたが、革命裁判所は停止されず、1794年8月10日に改組されると白色テロのための粛清にも活用されて、1795年5月31日に廃止されて消滅した。
 
(3)恐怖政治
フランス革命時にロベスピエールを中心とするジャコバン派山岳派)が行った統治のこと(:la Terreur、:Reign of Terror)。
 
(1)(2) (3)   いづれもwIKI日本語版

さて二都物語にもどると第二部第十六章<まだ編み物>に次のようなくだりがある。

新潮文庫

ドファルジュ夫人がときどき編み物をしながら)

 敵の首でもしめるように、目を光らせてハンカチの結び目をこしらえた。

この箇所、突然ハンカチが出てくる。< 敵の首でもしめるように>とシリアスなので<ハンカチの結び目をこしらえる>がなにか特別の意味があるのかと思い、原文にあったてみた。
 
She tied a knot with flashing eyes, as if it throttled a foe. 
 
でハンカチはでてこない。この場面では前にも後にもハンカチは出てこない。<ハンカチの結び目をこしらえる>に特別の意味がないとすれば、結び目は手元にある編み物でこしらえるのが自然だ。
 
ハンカチでは話はかなり先になるが、第三部第十章<影の正体>に次のようなくだりがある。これまたドファルジュ夫人が関係してくる話だ。
 
新潮文庫
 

それはたいそう美しい女性で、若かった。二十歳そこそこだったはずだ。髪の毛はぼさぼさに乱れ、両腕はサッシュやハンカチで体の脇に縛りつけられていた。縛 (いまし) めに使われているのは、すべて男性が身につけるものだった。そのひとつ、礼装用の縁飾りつきサッシュには、貴族の紋章と、”E" の文字が入っていた。
 
それらをみたのは、患者の診察を始めて一分以内のことだった。というのも、彼女が終始ベッドの端でうつぶせになっもがきつづけ、サッシュの端を吸い込んで窒息しそうになったからだ。私はまず手を伸ばして呼吸ができるようにしてやり、サッシュを取りのけたのだが、そのときに生地の端の紋章が眼にはいった。
 
 ”
 
サッシュの意味が分からなったが、ハンカチのようなものとして読みつづけてストーリーを追った。その後気になっていたのでサッシュの意味を調べてみた。
 
サッシュ(英語: sash)は、主に儀礼的な場面で身体に着用するリボンや帯の一種。大きくて色鮮やかな布で、肩から反対側の腰へ斜めにかけて、あるいはベルトのように腰に巻くサッシュは日常で着用されることもある。儀礼的なサッシュには、両肩から垂らし胸や腹部のあたりで交差して着用するV字状のタイプもある。(Wiki)
 
窓枠の帯状のアルミサッシはアルミサッシュだ。また和服の帯は Japanese Sash という。それからこの箇所を読み返してみた。だが、なにかこまかいところがよくわからないので原文にあったてみた。

“The patient was a woman of great beauty, and young; assuredly not much past twenty. Her hair was torn and ragged, and her arms were bound to her sides with sashes and handkerchiefs. I noticed that these bonds were all portions of a gentleman’s dress. On one of them, which was a fringed scarf for a dress of ceremony, I saw the armorial bearings of a Noble, and the letter E.

“I saw this, within the first minute of my contemplation of the patient; for, in her restless strivings she had turned over on her face on the edge of the bed, had drawn the end of the scarf into her mouth, and was in danger of suffocation. My first act was to put out my hand to relieve her breathing; and in moving the scarf aside, the embroidery in the corner caught my sight.

 日本語訳では scarf がでてこない。<貴族の紋章と、”E" の文字>はスカーフの端についているのだ。サッシュがわからなくてもスカーフならだれでもわかる。
 
 
(続く)
 
 sptt
 
 

二都物語の日本語訳 (精読)- 5 中休み 修辞法(レトリック)

二都物語の解説を読むと修辞法の説明がある。ネットで調べてみると修辞法(レトリック)には 比喩表現 明喩、隠喩 (暗喩) 強調表現 倒置表現 誇張表現 と書いてある。 二都物語でも 修辞が使われている。難解な箇所は 隠喩法や誇張が使われて入るところが多い...